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2006年12月の16件の投稿

2006年12月31日 (日)

2度やることは3度やる

2日前、自分で前髪をカットしたコドモ。無残な有様に硬直する私を見て、にちゃ~と笑いやがった。

今すぐ自分の顔を、鏡で見て来いッ!!!!

…と叫ぶ私の剣幕に、得意満面な表情は一瞬にして崩壊。涙を浮かべて縮こまって、いやいやと首を振る。
ええい。アンタは二重人格者かぁぁ~。
ここで「いじめないで」オーラを放出したって、ママは許さないわよっ。

なぜなら、ヤツは前髪ざっくり歴、前科2犯。2度目には、相当こっぴどく私に叱り飛ばされたというのに、またやるか?! 学習機能がないにも、ほどがあるわっ。

ネタにしてやる………。

きーっとなった時は、これに限ります。しかし、これが年内最後の記事というのが、なんとも………。まぁ、まりにゃんらしいと言えば、それまでですね。ハイ。

ということで、記念にぱちり。

容疑者・まりにゃん

なんだか容疑者写真のような出来栄えになってしまった。
顔がコワいよー。まりにゃーん。

証拠写真を撮った後は、人前に出られるように、修正してやらねばなりません。前髪カットの腕前は、美容師さんにも褒められる私ですが、これは荷が重いな~。とりあえず、長さを揃えて、すきバサミで微調整。
はーい。カッパの出来上がり~。

修正版カッパinロイヤルパークホテル

上の写真は、昨日旅先にて撮影。 すっかり立ち直っています。 まりカッパのくせに。



さて、最後までどたばただった、「マイペース幼児まりにゃんと病弱ママの日常生活」(←旧ブログの1行紹介文でした~) 拙いブログ、そしてmixi日記に、おつきあいくださいました皆様、本当にどうもありがとうございました。 来年も引き続き、よろしくお願い致します。


顔がはっきりわかる写真は出さないようにしよう…と思っていたのですが、写真なしでは、この記事は成り立たなかった…!
…期間限定ってとこで、妥協しておきましょうか。(優柔不断なヤツ…)

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2006年12月28日 (木)

今年最後の通院

クローン病の再燃が確認されて以来、通院は2週間おきです。ちょっと面倒くさいのですが、2ヶ月前から飲み始めている免疫抑制剤は、真面目に飲んでいるがゆえにストックが一切なく、通院をサボることができません。

家から自転車で10分程度。しかも保育園と全く同じ方向にある病院に行くのに、面倒くさいとは何事だ、と我ながら呆れます。でも、ママチャリで急坂を上るのは、万年鉄欠乏な私には、しんどいんですよ。

自転車を押して歩けばいいだろうって? じょーだんじゃないです。早くも老化現象なオバちゃんみたいじゃないですか。そんなのワタシのプライドが許しませーん。

というわけで、今日も息を切らせて、ふらふら辿り着いた病院にて、ここ2週間の経過報告をしました。このところ、食物の通りの悪さで苦しい思いをする日が減り、トイレ駆け込みもなし。体調は概ね良好です。ちょっと冒険な食事を摂取しても、痛みや違和感等は一切ありませんでした。もちろん、先日のクリスマスのメニューについては、わざわざ披露したりは致しません。

この絶好調ぶりに影を差したのは、胸のむかむか。レミケード直後に出た副作用と同じ、吐かない程度の気持ち悪さに、先週はずっと悩まされていました。お腹の中身はちゃんと出ていたので、腸閉塞の徴候ではなさそうです。つらくて寝込んだ日もあったほどなのですが、週末は忙しさに紛れて忘れていて、今週は全く問題なし。

何だったのでしょうね。あれは。
タイミングからして、例の一件によるストレスとか………?
まあいいや。今は何ともないし、先生にも報告したので、もう忘れてしまいましょう。

さて、調子のよさをアピールした後、忘れちゃいけない質問…というか、お願いをしてみました。
「エレンタール、まだ飲んでいないとだめですかぁ…?」

体が、普通っぽい食べ物を受け付けるようになると、途端に憂鬱になるんですよねぇ。栄養剤って。それに、冒険した時の方が、体調がいいんですよ。決してこじつけではなくて。幸せいっぱいな気分で、食べるからかなぁ?

しかし、先生の答えはあっさりしたものでした。
「飲んでた方がいいね」
う。だめだったか………。それじゃ、これならどうだ。
「エンシュアなら、好きなんですよ~? 私」

これは、うまくいきました~。エレンタールほどお腹にやさしくないということで、半量分だけですが、エレンタールと取り替えてもらいました。それでも十分嬉しいです。エレンタール、最近本当に苦手なんですよ。

エンシュアリキッドは、OL時代によく昼食に持って行っていた、お馴染みの栄養剤。あれがあると、お弁当のおかずを、思い切り手抜きできるので、助かっていました。昔から面倒くさがりだったんですねぇ。私って。

現在、レミケードの投与から6週目。次回の外来は、2回目のレミケード点滴です。
…のはずだったのですが、8週目にあたる1月11日は、まりにゃんの卒園遠足の前日です。バスで片道2時間行程。また副作用が出たりしたら、最悪です。ということで、点滴は1週間後にずらしてもらうことにしました。

病弱ママの最大プレッシャー行事、遠足は、もう再来週に迫っているのですね…。春の遠足では、まともに歩けないくらい絶不調だった私は、今度もオットに同行してもらいます。
付き添う保護者は1名と、お知らせには明記してあったのですが、こちらがお願いする前から、我が家は特例として認められていただいておりました。

情報提供者は、まりにゃんですね…? まりにゃんのことだから、ママのひ弱ぶりを、レポートにして提出するくらいのことはやりかねません。

差し当たり、その前に体調を悪化させることがないよう、お正月は無茶をし過ぎないように、心がけることに致します。

mixi投稿日付2006年12月29日 00:49

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2006年12月24日 (日)

メリーメリークリスマス

◆ 12/23 クリスマスパーティ編

クリスマスイブは、おそらく私が参加できないケーキがやって来る………という事情から、今年はイブイブの23日に、クリスマスパーティを催しました。

料理は、例年はオードブルを買って来て、お皿に移すだけだったのですが、今年は手作りです。食事制限中の私には、自分のスタイルで作った物の方が、安全に食べられますものね。
…という事実を、わざわざばらす必要はありませんね。私はよき主婦になろうと、心を入れ替えたのです。ということにしておきましょう。ずぼらー母に病気。時には、よい効果をもたらすこともあります。

さて、気になる料理の内訳はというと、皮を剥いだ、とりむね肉の唐揚げと、大きめに切ったじゃがいもの素揚げ、低脂肪マヨネーズであえたポテトサラダなど。予定していたのり巻きは、時間的な問題で断念し、寿司太郎でごまかしました。

揚げ物はもちろん、私も食べる気満々です。お腹が痛くなるから何も食べたくない! …と、私が言い張っていたのは、40日前でしたっけ? 最近私は調子に乗っていますね~。先週は気持ち悪さが復活して、久々に寝込んだりなどしたのですが、お腹が痛むわけではありませんし、少量なら大丈夫ですよ。きっと。

さて、この日のメインイベントは、まりにゃんによるケーキ作り。スポンジケーキとクリスマス価格だった苺、生クリームや飾り物等を買い揃えて、まりにゃんにデコレーションを任せてみました。

まりにゃんはもちろん、本物のおままごとに大喜び。はしゃぐと口数が増えるので、肝心の作業がなかなか進みません。が、極力余計な口を挟まず、好きなように遊ばせてあげました。そして、(ママの命令により)生クリーム薄塗りな、まりにゃんのスペシャルクリスマスケーキが完成~。

まりにゃんスペシャルケーキ(ママ仕様) 

プレゼントは、この日はママからの本だけを贈って、パーティ終了。サンタさんに、「1日早く来てください」とまりにゃんにお願いさせて、23日は終了です。

◆ 12/24 クリスマスプレゼント編 他

夜中に、まりにゃんのベッドの空きスペース、すなわち足元に、サンタさん名義のプレゼントを置いて、朝。目が覚めて足元を見たまりにゃんは。

「あれぇ? ねーねー。何か置いてあるよ」

クリスマス(イブの朝だけど)に、真っ赤な包装紙。ここで『何か』などという抽象的な単語を用いて、すっとぼけることもなかろうに………。
クールな娘に、母は内心ため息。何なのか見てごらんと促しても、まりにゃんは遠巻きに眺めているだけです。

「誰からかなぁ~?」

クリスマス(イブの朝だけど)に、こっそり置かれたプレゼント。ここで『誰か』などという…(以下同文)。

あくまで冷静な娘は、着替えて洗面を済ませ、さらに昨夜出しっ放しにしていた玩具類を片付けてから、のんびりプレゼントの包みを開封しました。

「うわぁ~。ギター」

違ーう!
でもまあ、ウクレレなんて、知らなくて当然か。

具体的な『物』を目にして、ようやくまりにゃんに自然な笑顔が浮かびます。ドレミの弾き方を一応教えた後、好きなように遊ばせておきました。私が予想したバイオリンごっこではなく、「見て見て~。コントラバス~」と、縦置きをやってくれました。

メトロノームも受けがよかったです。振り子のテンポに合わせて、早速ピアノを弾き始めました。きっちり合っていますね。すばらしい。このカチカチ音に、どうやって演奏を合わせられるのか、音楽のセンスがない私には、さっぱりわかりませんよ。

その後、私の母から預かったお金を持って、まりにゃんの洋服を買いに行きました。自分で選ばせてあげようとしたところ、当人の好みとかけ離れた、地味~な品物ばかりを持って来ます。まりにゃんが見ているのはサイズのみ。デザインは全く目に入っていません。どうやら、「自分で選ぶ」ことに、プレッシャーを感じている気配です。

そこで、可愛めのジャンパースカート(セール札付き)のコーナーに誘導して、1着選ばせて解放してあげると、大喜びでパパとゲームセンターに行ってしまいました。
どーでもいいみたいですね………。
結局私が、自分の好みとお財布に相談しながら、数点選びました。

夕方。3分の1以上が生クリームでできているケーキが、1Fからやって来ました。オットが気まずそうな顔をしています。アナタが自分の母親を抑えられないのは、今さらですよ………。

これを食べたら、私のお腹はどうなるのでしょうねぇ?
昨日の(比較的)安全に作られた、まりにゃんスペシャルケーキで満足したママは、もちろん、よい子で見学していましたよ!

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2006年12月23日 (土)

非努力型幼児のクラスコンサートは綱渡りだった

ヤマハのクラスコンサート。教室に保護者達を招き、子供達が一人ずつ前に出て、演奏を披露するイベントです。ジュニア科初のクラスコンサートは、23日に開催されました。マイペースも度が過ぎるまりにゃんは、果たして…?

***   前  夜   ***

小規模ながらも緊張を伴うこのイベントを前にして、まりにゃん先生は余裕です。コンサート前夜に、「明日何を弾こうかな~」とは恐れ入りますよ。もちろん練習など、全くしていません。レッスン仲間達は選曲などとっくに終えて、ここ1週間は、みっちり練習しているに違いないというのに…。

練習に関しては、本来親が介入して然るべきなのかもしれませんが、強要されて弾く時のまりにゃんは、「やりたくないもん」オーラを出しまくり、おそらくわざと間違えまくってみせるので、練習になりません。弾く側、聴く側、双方の精神衛生上よくないということで、私は最近ノータッチ。今回も、本番で何をするかは本人もよく承知しているのだし…と、何も言うまいと我慢し続けて来たのですが。

ヤマハジュニア科を、なめてんじゃないですよ~ぉ? まりにゃん………。

ママの忍耐は限界を突破した。ママ火山、爆発! (ここで、タイピング文字効果を使いたい)

一生懸命に練習して、失敗するのはいい。しかし、練習をしなかったがために、ひどい演奏を披露するなど、習い事に対するボウトクだわよっ。そんな甘ったれ根性、ママは絶対に許しませんからねっ!!

突如オニハハに変身したママに、まりにゃん硬直。目にいっぱい涙をためて、ママのお説教に聞き入ります。…と、しおらしく見せかけながら、実は95%を右から左へ聞き流していることは、わかっているんだぁっ。

ムダだとわかっているなら、最初から説教なんぞ、しなきゃいいのに…。

自分の愚かさによって、一層ハラが立ってしまった未熟母。ムダな説教を、さらに過熱させます。これが日本昔話なら、実際に頭から角が生えて来るところだろうな。きっと。

幸い、説教の残り5%を、ちっちゃな脳内に留めておけたらしいまりにゃんは、私が疲れ果てて黙った頃、テキストの中の一曲 「ワルツ」を、ドレミで口ずさみ始めました。この曲が好きだからこれを弾く、ときっぱり。

よろしい。では、しっかり頑張るように。
オニハハからママに戻って、頷く私。まりにゃんに、本気で頑張ろう!という意思が芽生えたのなら、きっと何とかなるでしょう。

ヤマハジュニア科を、なめてんじゃないですヨ。………ママ?

***   当 日 の 朝   ***

まりにゃんは、練習不足の当然の報いとして、両手弾きが全然できなくなっていました。1行目をクリアするまでに、十数回の弾き直し。そして和音に半音が混じる2行目は、最初の小節から一歩も先へ進めません。

確かに、指使いがややこしい箇所です。少なくとも、私には弾けません。ですが、まりにゃんのウデマエであれば、ゆっくり弾けば問題はないはず。テンポは、慣れてから上げればいいのです。
…と、私は思うのですが。
まりにゃんは、急がば回れができない性分なのか、それとも単なる意地か、妥協しません。あくまで通常のスピードにこだわり続けて、立ち往生。

気持ちに余裕がない時は、指は普段通りの反応を返してくれないものです。苛立ちを募らせたまりにゃんは、「コノヤロウ」よりは穏やかながら、ぶつくさと何やら毒づいていましたが、そのうちついに、弾くのをやめてしまいました。

電子ピアノの内蔵音楽を流したりなどして、現実逃避に走った後、じっと俯いたまま、意味もなく手で足をすりすりしています。ピアノの前を動かないところをみると、さすがに、ここで「やーめた」というわけにいかないことは、わかってはいるようですね。

レッスンまであと2時間。さあ、どうする。ふて腐れ幼児!

幼い娘のピンチに、傍観者する母。
この惨状は、当人及び私の自業自得。この上は、今の実力そのまま本番に臨んで、悔しさをとことん味わってみるといいのです。教室の雰囲気をぶち壊してしまうのは申し訳ないですが、そこから学べることもあるはずです。

開き直って娘を突き放した私も、心中穏やかではありません。とりあえず頭を冷やそうと、部屋を出ました。

ほどなく、閉じた扉の向こうから、ピアノの音がかすかに漏れ聴こえて来ました。やけっぱち風ではなく、丁寧に弾いています。まりにゃん、自力で立ち直りましたかね?
しばらくして私が部屋に戻ると、まりにゃんは絵本を読んでいました。練習は終わったのかと尋ねると、こくりと頷きます。まりにゃんを信じて、それ以上追求せずに、教材をバッグにしまわせました。

***   本  番   ***

通常のレッスンを20分行った後、コンサート開催。まりにゃんは、6人中3番手。無難な位置を選びましたね。

そして本番。2~3箇所軽くつっかえたものの、焦ってテンポを乱すことはなく、丁寧に弾き終えました。きちんと練習してきたよい子のような、リッパな演奏ぶりです。騙された保護者さん達の間からは、おお~という低い声と共に、大きな拍手が。皆より1学年下で、いかにも幼児っぽいまりにゃんを、皆様はいつも温かく見守ってくださいます。ありがたいことです。

席に戻ったまりにゃんが、私の反応を窺って、しきりに振り返るので、「よくやったね」と小さく声をかけました。すると、まりにゃんは、ととと…とやって来て、ぎゅう~と私にしがみつきました。そこでまた、「か~わいい」と、皆様から温かい眼差しを向けられます。つくづく、うまいよな~。このコドモ。

とにかく、どうなることかと思ったけれど、よく頑張ったと思いますよ。
しかし! これからは、こんなにハラハラさせないようにしてよね。まりにゃん。持って行ったビデオカメラ、とても構える気分になれなかったんだから。でも、その分、実物のまりにゃんに集中できたから、いいか。

***   エ ピ ロ ー グ   ***

帰宅後、家での演奏風景を、ビデオカメラに収めました。折角頑張ったのですから、記念に、ね。苦労して課題をクリアしたまりにゃんは、私の都合によるリテイクにも、嬉々として応じてくれましたよ。朝には呪っていたこの曲が、今は大好きなんですって。レパートリー、1曲ゲット。よかったねー。

この様子なら、まだ続けて行けるかな? 子供の習い事は、いつでも綱渡りです。
果たして、来年か再来年のクリスマスには、まりにゃんに本物のピアノを贈ることができるでしょうか?

無理矢理まとめたところで、午後のクリスマスパーティ編へ続く。

***   お ま け   ***

非公開に調子に乗って、だらだら書いていたら、当ブログ内長文ランキング、上から何番目レベルになってしまいました。
ま、いっか。

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2006年12月20日 (水)

こっそり再開!

現在、1月11日。旧ブログの閉鎖から、1週間が経過しました。
保育園が始まって、やっと自分の時間が取れるようになったので、ぼちぼちブログの復旧作業に取り掛かって行こうと思います。

新URL は同じニフティで取得しましたが、フリープランから会員用のベーシックプランに変更しています。サービス内容の更新がフリープランより早いし、安全度も高いかな…と思ったのですけれど、どうなのでしょうね?

当面、非公開設定、さらにパスワード保護をかけた上で、ひっそりこっそりと、記事を書き溜めて行くことに致します。これぞカンペキな自己満足の世界~。久しぶりですねぇ。この感覚。ブログ開始から2ヶ月は、こんな感じで一人でやっていたものでしたよ。

さて、旧ブログのデータ移行は、正常に終了したようです。皆様からいただいたコメントも、無事に残っていますよ! いやぁよかった。元のデータは削除済なので、はらはらしていたんですよ。

絶対アドレスで指定していた、画像や自分の記事へのリンクは、当然ながら全滅でした。前後の記事へリンクを貼った闘病記を、19本も書いてしまっていた我が身が呪わしい…!
子供の写真をどうするかは悩みどころですが、取り下げたままにしておくのがベターだろうな。

ところで、ブログ休止中は、mixiの日記を生存報告等に使っております。あちらは、複数の知人にまとめて送るメールのようですね。訪問者の存在がとても身近です。ただ、おバカな文章書きな私の場合、逆に恐縮してしまって、書きづらいというジレンマが…。ノーコメントでも気まずくないブログの方が、気楽じゃありません?

ということで、特にブログスタイルな育児記事は、日付遡り術を使って、こちらに突っ込んでおくことにします。これらが日の目を見るのは、いつのことやら。

それでは、こっそりマリペース、これより再開致します。

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2006年12月19日 (火)

休止のお知らせ

突然ですが、本日12月19日よりしばらくの間、当ブログを休止させていただくことになりました。

連載途中の闘病記のこともあり、いずれ再開したいと思ってはいますが、最悪の場合、このまま閉鎖するかもしれません。いずれにしても、現時点では未定です。
ちなみに、私や家族の健康上の理由ではありませんので、ご心配なく・・・。

拙いこのブログを、今まで温かく見守ってくださいました皆様、勝手を言って申し訳ありません。このようなことになりまして、私自身、とても残念でなりません。
皆様に、またこのページでお会いできる日が来ますことを、心から願っております。

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2006年12月17日 (日)

闘病記18 出産レポート

闘病記18 番外編5 出産レポート

出産の2~3日後に書いた日記の内容を、ほぼそのまま転記しました。闘病とは関係ない、普通の出産体験談です。

◆ 3:00

お腹の重苦しさで目を覚ます。いつものことと気にせずトイレに行き、少量の出血に気付く。おしるし(お産が近いサインの一つの、少量出血)だ、と感動する。今週中に出産できるかもと、興奮して目が冴えてしまった。
生理痛そっくりの下腹部の重苦しさが、やがて鈍痛に変わる。2~5分間隔で痛みの波が来る。強い痛みではなく、10分間隔からのスタートでもなかったので、陣痛とは思わず、不安になる。

◆ 5:00

熟睡中の夫をつついて起こす。お腹が痛いと訴えてみたが、当然夫にも何が起きているかはわからない。不安を解消するために、病院の産科病棟に電話する。前駆陣痛かもしれないという回答に、少し安心する。
痛みが段々強くなる。一人で耐えるのが心細くて、早朝なのに悪いなと思いつつ、夫の手をぎゅっとつかんでいた。

◆ 6:00

外来が開くのを待って受診という、悠長な気分ではいられなくなり、産科に再度電話。病棟で診察してもらえることになった。一応、入院グッズを持参。痛みが来ると、歩くのも困難。

◆ 6:50

助産師による内診。子宮口3cm。出産はまだだが、赤ちゃんは下りて来ている、ということで、そのまま入院。
30分間モニターで監視。3~4分間隔の陣痛が来ていることが確認され、陣痛室へ移動。陣痛室は家族も立ち入り禁止。出産はまだだと言われた夫は、ここで帰宅。

◆ 7:30

陣痛室の先客は3人。皆、結構平気で動き回っている。朝食が出されたが、頻繁に来る痛みで、食べるどころではなかった。

◆ 8:00

顔をしかめる程度で耐えられた痛みが、ちょっともうどうしよう、というレベルになる。「ヒッ、ヒッ、フー」という呼吸は、初めのうちは確かに効いたが、数回で役に立たなくなる。寝ていることもできなくなり、起き上がってテーブルをつかんで耐える。

◆ 8:40

子宮口7cm。腰に激痛。「すごい」としか表現しようのない、初めて経験する痛み方。お馬さんのような物にまたがって、汗だくで持ち手の部分をつかむ。腰を押してもらうと痛みが軽減されるのと、何よりも心細さから、痛いと騒いで、担当の助産師に助けを求める。荒く息をしていたら、手足がしびれてきてしまい、慌てて息を吐くことに専念する。

どんなに苦しい、痛いと訴えても、誰もこの痛みを取り除いてはくれないということ。赤ちゃんが出るまで、私自身がとことん頑張るしかないのだということを、ここに至ってようやく悟る。頭ではわかっていたつもりだったが、実感としてわかっていなかったらしい。私が自覚し、覚悟を決めたのは、この時点。妊娠を後悔したり弱音を吐いたりしなかったのは、私にしては上出来。

◆ 9:00

分娩室へ移動。子宮口は10cm。ほぼ全開。助産師の指導で、いきみ方の練習をするが、うまくいかない。
赤ちゃんが完全に下りてくるまで、1時間、いきみを逃す。つまり、赤ちゃんを出さないようにする。これがすさまじくきつい。陣痛の波が来るごとに、痛いと叫ぶ。1~2分続く痛みの中、最後は絶叫に近い。助産師が「そうね。痛いね」と同意してくれると安心する。声を出すという私の行為は、多分甘えなのだろう。助産師の姿が視界から消えるとパニック状態。お尻を強く押さえてもらわないと、どうにかなりそう。2人目はないな、と真剣に思った。息を吐くようにという指示に、必死で従う。

◆ 10:20

分娩室に内線。私の母が来たという連絡。助産師が、あと1時間くらいで産まれる、と返事をしていた。

◆ 10:40

出産準備に入る。医師が呼び出された。ようやく、いきみの許可が出る。2~3回まごついたが、排便と同じ要領でいいと聞いた後は、うまくできるようになった。いきむと陣痛は苦しくない。我慢するから苦しかったのだということを、初めて知った。

何度かいきんだ後、体を横向きにさせられ、いきみ中断命令。ひーもうだめです、と訴えたものの、お腹の赤ちゃんによくない、という助産師の一言で、だまる。再び地獄のいきみ逃し。医師と助産師が、小声で何やらぼそぼそ話している。「赤ちゃんの向きが…」という言葉だけ聞こえた。

医師から、「赤ちゃんが苦しんでいるので、お手伝いします」と、鉗子(金属製のヘラ。これで胎児の頭をはさんで引き出す)を使うと告げられる。なんだかよくわからなかったが、了承した。すぐに出してくれるのかと思いきや、うまくいかない。今さら帝王切開かと不安になる。次に取られた処置は、お腹を押すこと。どうぞ何でもしてくださいという心境。予想以上の力で押されて、獣のような咆哮が口から飛び出し、自分でびっくりした。

陣痛の痛みと痛みの合い間は、案外けろっとしている。このまま寝ちゃいそう…と思っていると、またじわじわやって来る。「あー。来ますー」と自分で陣痛予告。それに応じて、助産師が呼吸指示を出してくれる。

◆ 11:12

いきむこと、全部で十数回。ついに赤ちゃんの頭が出た………らしい。楽になるでもなく、自分では全然わからなかった。別の助産師に、もう いきんだらだめだと言われ、「へっ?」となる。まだこんなに苦しいのに? 半信半疑ながら、本の知識を思い出して、短促呼吸(「ハッハッハッ」という短めの呼吸)に切り替える。わけがわからずにいるうちに、赤ちゃんは取り出された。

「おめでとうございます。お嬢ちゃんですよ」という医師の言葉と、ふにゃあふにゃあという弱々しい産声。どちらを先に聞いたのだろう。

少したってから、私のお腹の上に、赤ちゃんを乗せて見せてくれた。生まれたてほやほやの赤ちゃんは、なんとなく生々しい印象だった。この子が、ついさっきまで私のお腹の中に入っていた、私の分身だということが、ぴんと来ない。ちょっとほっぺをつついて満足して、連れて行ってもらった。

お腹がまた張って来て、助産師が胎盤を引っ張り出す。何もしなくていいと言われた私は、人任せは楽だわ~とリラックス。後産終了。

会陰縫合。切開されたことは、陣痛の痛みに埋もれて気付きもしなかったが、縫合処置は、痛くて長かった。出産が終わったのに、なんでこんなに痛い思いをしなきゃいけないんだ、と内心不満たらたら。

◆ 12:30

処置が全て終わった後、清拭、着替えを済ませて、車椅子で廊下に出る。夫が戸惑ったような笑顔で、赤ちゃんを膝に乗せていた。私の母が、ガラス戸越しにそれを見ている。2人の顔を見るとほっとして、ああ、終わったんだなと感じた。

あらためて見た赤ちゃんは、金属ヘラで引っ張られた影響で、頭が長く伸びてしまっていた。それが、夫にとっての我が子の第一印象となる。ちょっと、カナしいかも…。顔はふっくらしていて、猿っぽくは見えない。左目をうっすら開けて、じっとしている。

五体満足で産まれてきてくれてよかった。
ようやく、現実的なことを考えられるようになった。

『いつもと違う』痛みを感じてから6時間半。2000年5月23日火曜日 午前11時12分。赤ちゃん誕生。性別は女の子。体重2992グラム。身長48.6cm。身体的な異常なし。母体の状態も良好………であると、この時はそう思っていた。

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2006年12月16日 (土)

闘病記17 十月十日-とつきとおか-の記録 後編

闘病記17 番外編4 十月十日-とつきとおか-の記録 後編

妊娠6ヶ月(20~23週)
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21週2日 産科検診(4kg増/1ヶ月)
       母親学級2回目:
       「新生児用品・妊産婦の栄養」
今回の写真は、お腹の上から撮ったものなので、少し不鮮明です。右側が頭で、左側が足。膝を立てて寝転がっているスタイルなのですが、おわかりになりますでしょうか。

お腹の大きさ以外にも、体が妊婦化していることを、いろいろ実感した時期でした。
お腹が時々石のように固くなる、妊婦さん用語の「お腹が張る」現象が起こるようになり、胃酸の出過ぎで喉がひりひり痛む、といった症状が出始めたのも、この頃からです。

憂鬱な変化ばかりではありません。母乳マッサージをすると、乳汁がにじむようになります。そして、お腹がぽこぽこぐにゅぐにゅ動きます。妊婦の醍醐味、胎動です。
5ヶ月目の終わりから、微妙な動きを感じていたのですが、私の場合、お腹の調子が悪くてごろごろしているのか、赤ちゃんが動いているのかを区別するのが難しく、確信できる程はっきりした動きを示すようになったのが、20週目でした。

毎日30分程度のウォーキングを開始しました。トイレ駆け込み危機に苦労しつつ、調子がひどく悪い日を除いて、臨月まで続けました。運動は赤ちゃんのため、さらには安産のためと言われれば、痛いのも苦しいのも大嫌いな私は、努力を惜しみません。
妊娠7ヶ月(24~27週)
24週0日 母親学級3回目:「産後の生活・妊婦体操」
25週2日 産科検診 (2kg増/1ヶ月)
前回の検診でスルーされた体重の急増ぶりが、今度はしっかりばれ、厳重注意を受けました。「体重注意」と母子手帳に判を押されてしまうんですよ。かなり、クツジョクです。自業自得なのですが。

胎動を感じることができるのがママの特権なら、お腹に耳を当てて、胎児の心音を聞けるのは、パパの特権です。赤ちゃんがおとなし過ぎて心配な時は、夫によく心音探しをしてもらいました。

ところで、私のお腹にいた胎児ちゃんには、「ぴぴこ」という名前がありました。呼びかける時はいつも、この名前で呼んでいたものです。由来はくだらないので、追及なさいませぬよう。
妊娠8ヶ月(28~31週)
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28週2日 産科検診(1kg増/3週間)
       胎児1000g
       妊婦健康診査2回目
30週2日 産科検診 浮腫 陽性ぎみ
30週4日 母親学級4回目:
       「入院時の必要物品・
        分娩経過と呼吸法」
写真は、肘を曲げて、手を顔付近に持って行っているところ…だと思います。

4週間に1度だった検診が、この時期から2週間に1度になります。
28週目の胎児の推定体重は、1000グラムでした。7キロ増えた私の体重の、残りの行き先は一体…?
30週目。体重を維持して喜んだのも束の間、むくみが出ました。今度は「減塩」の判を押されます。私の母子手帳は、自制心のない妊婦の記録と化しています。

病院主催の母親学級の他に、保健センターでも母親学級を実施しています。意外と役に立ったのが、人形を使った沐浴練習。傍から見れば、幼児のお人形さん遊びでも、本の知識と実演は、やはり違います。

胎動が活発で、1日中お腹がふにゅふにゅしていたり、夜中にお腹の中で暴れて、強烈な子宮収縮を引き起こしてくれたりと、大変な思いをさせられました。
現在の娘の落ち着きのなさと睡眠いらずぶりは、この頃から始まっていたようです。

子供の名前は、男の子だったら夫が、女の子だったら私が付けることで合意。誕生2ヶ月前に、ぴぴこちゃんの正式名称は決定していました。ちなみに、勝った私の命名に、深い意味はありません。将来由来を聞かれた時、「フィーリング」じゃまずいかなぁ。まり○ちゃん?
妊娠9ヶ月(32~35週)
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32週1日 産科検診 
       胎児1800g 性別判明
34週1日 産科検診 (1.5kg増/2週間)
       浮腫
今回の写真は一段とホラー風味ですが、これは顔ではなくて、下からのアングルだそうです。お尻と太腿の裏側の写真みたいです。

体全体が重い。だるい。今夜こそぐっすり眠れますように。張りが苦しい。呼吸困難。歩けない。
手帳日記内のぼやきの数々。9ヶ月目は、体が一番つらい時期でした。
赤ちゃんが骨盤の中に入ろうとする動きが、恥骨を刺激するとかで、下腹に強烈な痛みが走ることがよくありました。

32週の検診結果は、久しぶりに「経過良好」です。4週間で800グラム増えた胎児ちゃんの性別が、今回の超音波で判明。我慢しきれず、聞きました。
34週の検診で、浮腫が再び陽性になり、体重も増加。今回の増量は身に覚えがなく、塩分オーバーによって体にたまった水分だったようです。味のない食事を心がけた2週間後には、増えた1.5kgとむくみは、そっくり取れました。

腸が不調だったある日。お腹にガスがたまって、それでなくても大きなお腹が、はち切れそうになりました。このタイミングの悪いクローン病患者のハラ張り現象により、私の巨腹の下の部分に、幾筋もの妊娠線(引き伸ばされて、ひび割れた皮膚にできる、赤紫色の線) がっ!! これは今でも、白い筋となって残っておりますよ…。胃腸のよくない妊婦さんは、ガスのたまらない食事を、研究しておきましょう。
妊娠10ヶ月(36~39週)
36週0日 産科検診
37週1日 産科検診 胎児2800g
38週1日 産科検診(最終) NST実施
39週0日 出産
(※40週0日 出産予定日)
ついに臨月。産科検診が週に1度になりました。体重増加も止まり、経過良好。黄色いどろどろした初乳が出るなど、準備万端です。

37週の胎児の推定体重2800グラム。体が小さめな私の場合、赤ちゃんを下から産めるかどうかは、微妙なところ。骨盤X線写真を撮り、私の骨盤と胎児の頭の大きさを測定、比較した結果、普通分娩可能という診断でした。

この日の診察では、医師が心音の確認に手間取っていました。そして、気になる一言。「向きが悪いですねぇ。産む時、大変ですよ」
難産の予告ですかっ?! ただ、医師が笑っていたため、きっと脅しに違いない、と深く考えるのをやめました。都合の悪い事は、聞かなかったふりをするに限ります。

38週目。ノンストレステスト(NST)(胎児心拍を数十分間モニターする)を行ったところ、お腹の赤ちゃんは、お手本のようなリラックスぶりだったとか。居心地よくしすぎていて、当分産まれそうにない、とのことです。

育ち過ぎると下から産めなくなってしまうので、予定日を過ぎたら、陣痛誘発剤を使用すると言われました。できれば人工的な手段は避けたいので、腹囲90cmに達した巨腹を抱えて、せっせとウォーキング。これだけ育つと、妊婦生活も本当に大変で、早く出しちゃいたいというのが、私の本音。産んでからの方がもっと大変だなんて、まだわかっていなかったんですね。ありがちな甘さです。

運動の成果で、予定日の1週間前に陣痛が来ました。いよいよ、待ちに待った出産です。
次回は出産レポート。当時の日記の記述をそのまま掲載する予定です。

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2006年12月15日 (金)

闘病記16 十月十日-とつきとおか-の記録 前編

闘病記16 番外編3 十月十日-とつきとおか-の記録 前編

クローン病という難病を所持する、普通のニンプさん………のはずだった私ですが、当時の手帳日記を読み返したところ、お腹の調子は絶好調、というわけではなかったようです。下痢や腹痛をぼやく複数の記述に、自分でびっくり。ただ、すっかり忘れていたくらいですので、喉元過ぎれば…で済む範疇だったのでしょう。きっと。

今回挿入した画像は、超音波検査で写した、お腹の中の赤ちゃんの写真です。画像の上でクリックすると、拡大で見られます。こんなのを見て喜べるのは、親だけだとは思いますが。
※拡大画像へのリンクは切りました。ご了承下さい。

緩解期のニンプエピソード。5000字という、はた迷惑な文字数になってしまったため、2回に分けます。この超・長文に、ついて来てくださる覚悟ができましたら、どうぞ!

妊娠1ヶ月(0~3週)
最終生理の開始日を、妊娠0週0日として数えます。妊娠1ヶ月目の前半は、まだ赤ちゃんは存在しません。
ところで、私の最後の生理はたった1日で終了。正常とは言えませんね。この直後に妊娠するとは、一体誰が予測するでしょう。
妊娠2ヶ月(4~7週)
991015
5週1日 妊娠判定薬で陽性反応
6週1日 婦人科初受診 胎嚢が確認される
6週6日 出血 切迫流産
7週3日 婦人科受診 胎児の心拍確認
生理の遅れに、ついに閉経か?!と青ざめた私。婦人科を受診する前に、一度やってみたかったという理由で、妊娠判定薬を使用。結果を見て、腰が抜けるほど驚きました。妊娠の可能性を、本当に考えていなかったんですね。だから、サラゾピリンを平気で飲んでいられたんですよ…。

「○ゥテスト、陽性だったよ!!」と、私があたふたしながら報告した時、夫は。
「フェアリー?!」
咄嗟に、『陽性』 を 『妖精』 にかけたらしいです。まったくもう。

切迫流産。流産しかかっている状態です。胎児の心拍が確認された後も、微量の出血は続いていたようで、さらに1ヶ月、安静を心がけました。

上の画像は、妊娠7週目の子宮内の写真です。中央左寄りの黒い楕円が、胎嚢(たいのう)という、赤ちゃんが入っている袋で、内部の左側にくっ付いている白いものが、胎児です。
妊娠3ヶ月(8~11週)
991102
 9週2日 つわり開始
10週0日 婦人科検診
10週2日 つわり終了
11週1日 母子手帳交付
妊婦泣かせの悪阻(つわり)登場。四六時中、胸がむかむかしていたものでしたが、8日目の夕方に突然すぅっと違和感が引き、そのまま終了。楽でしたね~。

さて、胎児ちゃん。2週間半で、随分具体的になりました。右側の大きな丸が頭。左側の楕円が胴体。両脇にちょこんと付いている、ちっちゃなまぁるいおててが、ラブリー。(←バカ親)
妊娠4ヶ月(12~15週)
991129
13週6日 産科初受診
       妊婦健康診査1回目
14週3日 クローン病の通院先を転院
14週6日 母親学級1回目:
       テーマ「妊娠・分娩の心構え」
受診科が、婦人科から産科になりました。
妊婦健康診査で貧血が判明し、「すぐに来るように」と、病院から電話が入りました。ヘモグロビン7グラムくらいで、大げさな~とへらへらしていたら、怒られてしまいました。
処方された鉄剤が体に合わず、気持ち悪さと日々格闘。赤ちゃんのためと頑張ったものの、2週間で限界。以降はサプリメントを頼ります。

病院主催の母親学級は、全4回。初回に出席していた妊婦さんは40人前後で、4分の1の方が旦那様とお二人で参加されていました。

超音波映像で見せてもらった胎児ちゃんは、手足ぴょこぴょこ、体をよじよじ、さかんに体を動かしています。「元気ですね~」と、先生が笑っていましたよ。
右側の丸いのが、頭です。うっすらと、おめめらしきものが見えますね。間違っても、エイリアンと呼んではいけません。
妊娠5ヶ月(16~19週)
16週5日 マタニティウェア初着用
16~17週 強い胃の痛み
17週3日 産科検診 腹帯講習
妊娠5ヶ月目の「戌の日」に、妊婦は安産を願って、腹帯(はらおび)を巻きます。
病院の腹帯講習会で、私もさらしをお腹に巻いてもらいましたが、単なるイベントですね。実際には、着脱の簡単なマジックテープタイプの妊婦用腹巻を使用し、着けるようになったのも、8ヶ月目くらいからだったと思います。

胃が突き上げられるような痛みが、何度かありました。夜中に激痛で起きてしまったことが、2週間で4回。産科医から、クローン病の主治医に至急相談するように言われ、S先生に電話。腸閉塞の症状ではなく、緊急性はないと判断していただきました。この痛みの正体は不明なままで、その後いつのまにか治まっていました。

ところで、私は17週目まで体重が全く増加しませんでした。妊婦には体重制限が課せられていますが、小腸を大量切除された私は太らない!…と、ここで過信してしまいました。
そう。過信だったんですよ。クリスマスとお正月で羽目を外して、10日で3kg増加。この余計な増量分が、出産まで、さらにそれから数年間、どうしても落ちないゼイニクとなって、私を悩ませることになるのです。

「空気を食べても太る」妊婦の法則は、クローン病より威力が強そうです。今まで太らなかったクローン病女性も、注意しましょう。

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2006年12月12日 (火)

食べ物のウラミ、再び!

今朝、出掛けに義母に呼び止められ、「まりちゃんのクリスマスプレゼントにケーキを買うわ」と言われ、げっと絶句した私。その私に代わって、悲しげに呟いたのは、まりにゃん。
「ママ、ケーキ食べられないの………」

普通なら、ここで気まずい沈黙が流れてもおかしくない。しかし、義母は。
「あらぁ~。まだ食べられないのぉ~」
口調が弾んでいるように聞こえるのは、私の気のせい? 勘違い?
とりあえず、顔を引きつらせながら、ハデハデデコレーションなケーキは天敵なのだと、私は告げる。すると。
「ああ、そーなのぉ。ママ、かわいそっ」

あのー。オカアサマ…。なぜアナタの口調は、そんなに軽やかで楽しげなのでしょうか…?

私が食事制限を開始してから、これでもかこれでもかと、クリームたっぷりお菓子やらケーキやらを、息子経由で押し付け…いえいえ、差し入れてくださるようになった、お義母さま。宛先はまりにゃんでも、その親が手伝わねば、食べきれないくらいの量がある。

私にとっては、食べればビョーキを悪化させ、食べなければゴーモンな洋菓子達。義母は一体何を考えているのだと、不思議で仕方なかったのだが、つまり、それらは全て、嫌がらせだったのか?!
………と疑いたくなるほど、義母の反応は明るい。そして。笑顔~。

一方、ケーキと聞けば大喜びしそうな子供の方は、ママに同情して、しょげている。
そんなことはお構いなしに、パパとまりにゃん、2人で食べきれる程度のケーキを買うと、約束してくださったお義母さま。「人が食べているのを、見ているだけっていうのも、つらいわよね」と言いながら、なぜ笑顔でそれができるのだ。

こういう人が、絶食患者に食事を見せびらかしに来て、18年後にブログのネタにされるんだよ。(参照~闘病日記6:食べ物のウラミの章) うん。単に、他人に対しては、神経がワイヤーロープ化する性質なだけさっ。悪意じゃないのさっ。(涙)

そして、今回は18年と言わず、事件(??)勃発から2時間後に、晴れてブログのネタ化されたのでした。
ブログ書きさんを刺激すると、コワいですねぇ~ぇ。

それよりも、一番可哀そうなのは、ママがこんな病気になってから、お菓子を純粋に喜べなくなってしまった、まりにゃんちゃん。
ごめんね、まりにゃん。今度、ママも食べられるくらいに、うすーくクリームを塗ったスポンジケーキを、2人でおいしく食べようねっ。

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2006年12月 9日 (土)

バカヤロウ コノヤロウ

昨夜、パパと喧嘩したまりにゃんが、その後聞こえよがしに、このように毒づいたそうです。
私はその時部屋を空けていて、実際に聞いたわけではないのですが、ショックです。
女の子女の子しているまりにゃんが、まさかそんな言葉を使うなんて………。

保育園では言われ放題やられ放題で、泣いてばかりいるくせに、家ではとても強気なまりにゃん。最近パパが、オニハハの分まで娘にやさしく接しているもので、ますます図に乗ったようです。

それにしても、調子に乗り過ぎましたね。パパは本気と演技半々で、今日はまりにゃんに冷たく接しています。そういう言葉遣いはよくないと、口でいくら言ったところで、まりにゃんの耳を素通りするだけなので、居心地悪さから学んでもらうしかないのです。

それにしても、こんな乱暴な言葉、まりにゃんはどこで仕入れて来たのでしょう。
私のボキャブラリーにはありませんし、オットも言葉遣いはいいので、無実です。保育園か、あるいは漫才番組の影響かもしれませんね。

こんなことはきっと序の口で、これからますます、子供は親の知らない世界を増やして、そして、巣立っていくのでしょう。
しかし、この成長の一過程を実感するきっかけが、「バカヤロウ」と「コノヤロウ」だったとは。ママは素直に喜べませんよ。

差し当たり、次にまりにゃんが 「○○ちゃんにどなられて、泣いちゃったの」と訴えて来たら(週に2回は発生する)、よしよししてぎゅっと抱っこする代わりに、「保育園に戻って、今すぐ闘って来い!!」と言ってやろうっと。

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2006年12月 8日 (金)

サンタさんの袋の中身は?

最近自分のことにかまけていたママは、サンタさん名義のプレゼントを考えておくのを、すっかり忘れていました。やっばー。物欲の少ないまりにゃんが、本当に喜びそうな物を探すのは、かなり大変な作業です。
どうしてサンタさんは、実在しないのよぉ~と叫びたいのは、世の親達ですよね。きっと。

まりにゃんの希望は、『あかいくつ』 の絵本(350円)。他には何もいらないと言い張ります。日頃、「うちはビンボーだからぁ」と言い過ぎたかな。あ、まりにゃんがお願いしているのは、サンタさんか。サンタさんも、フケイキでビンボーだって、まりにゃんに打ち明けたのかな。

とにかく、娘に350円のクリスマスプレゼントで我慢させねばならない程、どん底ビンボーなわけではないので、絵本の他にも何か、みつくろってあげましょうね。

パパとママからのプレゼントとしては、絵よりも字が多い名作系の本を、既に選んで買ってあるのですが、まりにゃんも現場を見ているので、当日感動は得られないでしょう。こちらにも、もう一品欲しいところです。

というわけで、昨日休みだったオットと、お店巡りをして来ました。おもちゃコーナーではぴんと来る品物に出会えなかった我々が、同時に「これだ!」と指差した品。それは。
ウ・ク・レ・レ
………6歳女児に? どーゆー趣味じゃ、と自分で自分に突っ込んでしまった…。

でも、まりにゃんは喜ぶと思うんですよね~。電子ピアノの264種類の内蔵音を駆使して遊ぶ、音楽大好きっ子ですし、とあるドラマの影響で、弦楽器にかなり興味を示しています。まりにゃんが 「やりたい」 と言っているコントラバスには、到底手が出せませんが、ウクレレはお手頃価格。バイオリンごっこだってできますよ。

サンタさんからのプレゼントは、決定です。そしてパパママからの追加プレゼントも、この楽器店で見つけました。またも二人揃って、「これ、いいよ」と頷いたのは、メトロノーム。

我々は別に、娘に音楽の英才教育を施そうと、目論んでいるわけではないのですが、へたなおもちゃより、まりにゃんには受けそうなんですよね。こういう 『本物』 が。

モノの目星を付けたところで、私のお腹がつらくなってきたため帰宅。購入はインターネットです。価格性能比較研究が大得意なオットが、後はなんとかしてくれるでしょう。私のニンムは、これにて完了。クリスマスイブまであと16日。楽しみですね。まりにゃん。

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2006年12月 7日 (木)

彼氏できました

トキメキなこのタイトルの主語が私だと思った人、まず、いないだろうなぁ…。かつて、私の結婚話が会社に広まった時、半数が本気で驚いてくれたものでしたよ。いわゆるカマトト(死語)でしたからね。昔も今も。

…というタワゴトはおいておくとして、今日は、すあまさん からいただいた、バトンに挑戦してみたいと思います。題して、「彼氏できました」 バトン。

まず始めにルールをご紹介。

・見た人はコメント残して自分もやること。
・タイトルを「彼氏(又は彼女)できました」とすること。


一番目のルール、前にも見たことがありますね。多分どこかの時点で、「地雷バトン」成分を混入した方がいらっしゃるのでしょう。最後まで正確に伝わらないのが、伝言ゲームのおもしろさ。皆様もお気になさらず、気楽に行ってみましょうか。


1.まず最初に廻す6人を選ぶ

ろろ…6人?! そんな無茶な。顔狭いのに~。

2.お名前は?

mnecos。イニシャルの間に『ねこ』を入れた。プロフィールに、以前そう書いた気がします。
『ねこ』 は 『まりにゃんこ』という変種の猫を指すため "neco" と綴るとか、どうでもいい理由があったりなかったり。

3.おいくつですか?

ヒントは、あちこちでバラ撒いています。
あと2年たったら隠したくなるかもしれません。

4.ご職業は?

専従者給与(ゼイムショ用語)という、中身が入っていない給料取りの、専業主婦です。

5.好きな異性のタイプは?

熱血恋愛中だった頃のオット。そう言っておけば、無難だわ♪

6.特技は?

電卓早打ち。
つまんねーッ…とは、言わんといてください。

7.資格、何か持っていますか?

語学、会計、情報処理等。取れるものは取っとけ主義にて。
他には、身分証明書として活用するのみの、運転免許証。当然 ゴールド免許 です。

8.悩みが何かありますか?

身長、あと3cm欲しかった…! あ。これは悩みじゃなくて願望だ。

9.好きな食べ物と嫌いな食べ物は?

好きな食べ物:イタリア~ン。
嫌いな食べ物:日本人が好んで食す ナマモノ。

10.好きな人はいますか?

小説の活字イメージ相手でも、恋することができる女です。いつでもどこでも誰とでも! (違)

11.貴方が愛する人へ一言

God bless you!

………。
いや…だって、照れるじゃん! 決めゼリフを公開するなんてさっ。

12.廻す人6人の他者紹介

ああ。なんということでしょう。うっかり者のこの走者、途中でバトンを落としてしまいました。残念ながら、失格でーす。
バトン、拾ってやってもよいぞ、と思われる方は、どうかわたくしに代わって、繋いでやってくださいませ。


こんなところでいかがでしょうか。すあまさん♪
どこまで本音かわからない(コラ)「彼氏できました」バトン。最後までお付き合いくださいまして、ありがとうございました。

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2006年12月 6日 (水)

闘病記15 授かりもの

闘病記15 授かりもの

1. 妊娠 

独身の頃は、友人の「結婚が決まった」報告に動揺した。これが「赤ちゃんができた」報告になると、手放しで喜べた。私にとって出産は、羨望する気にもなれない程、遠い遠い世界に属するイベントだった。

クローン病の私に赤ちゃんを産むことができるのか。
この問題を私が初めて真剣に考えたのは、結婚した後だった。それ以前は、結婚のめどもたたないうちから悩む必要もないだろうと、脇に退けておき、実際に結婚話が持ち上がった時には、とにかく慌しくて、そこまで頭が回らなかった。

身辺が落ち着いたところで、遅過ぎた気もする質問を抱えて、病院に行った。
1年前から私の担当になった、当時の主治医は一言。「問題ありません」 注意事項も説明も何もない。服用中のサラゾピリンの影響を尋ねると、「産婦人科で聞いてみてください」 にべもないとはこのことで、紹介状も書いてはくれなかった。

安心していいのか、不安に思うべきなのか、判断に苦しんだ。適当に産婦人科に行って、持病と妊娠の関係や薬について尋ねるのは、的外れな気がして、実行できなかった。保健所でも、適切なアドバイスを得られなかった。私が相談を持ち込める場所は、他にはもうなかった。

病気に関しては、手探りで進むことに私は慣れていた。とりあえず、問題ないと言われたのだからと、病気を気にしないことにした。結婚して、赤ちゃんを強く望む気持ちが生まれた。少しくらい体調が悪化しても、構わなかった。

基礎体温を測って、排卵の時期は把握していた。すぐに子供ができると思っていたのだが、現実はそんなに甘くなかった。生理が来ては、がっかりする。そんなことが何度か続いた後、その生理が異常ぎみになった。周期は安定していたものの、半分程度の出血量で1日か2日で終わってしまう。クローン病以前に、婦人科系で何か問題がありそうだった。

婦人科受診はなんとなく憂鬱で、先延ばしにした。よく考えてみたら、私は赤ちゃんを見るのは好きだけれど、世話をして育てることを、多分好きにはなれない、ということに気が付いた。私は母親向きの性格ではない。子供は、できなければできないで構わないのではないか、と思うようになった。

結婚したら子供がいるのが当たり前、という固定観念から自分を解放してあげると、気が楽になった。自分が納得してしまえば、人から何を言われようと平気だった。
そして数ヵ月。結局私は、生理異常なまま、結婚から1年に満たずして、お腹に赤ちゃんを授かった。

2. 切迫流産

妊娠が判明した時、まず心底驚き、それから狂喜した。
その12日後、妊娠7週目に入る直前に、出血した。切迫流産だった。胎児が無事かどうかは、妊娠8週目まで確認できない、ということだった。あと1週間。ただ信じて、安静を保って、待つしかなかった。1日1日がとてつもなく長く感じられ、不安な気持ちを抑えきれずに、泣いてばかりいた。

仮にこのまま流産が進行してしまったとしても、一度妊娠できたのだから、すぐに次の子供ができるに決まってる。
母のこの慰めの言葉に、私は強く反発した。私が守りたいのは、今お腹にいるこの子であって、次の子供とやらは、その身代わりにはなり得ない。

かつて、子供はいなくてもいいと言い切れた私の様変わりに、私自身が驚いていた。母性というのは、妊娠を自覚すると、突如目覚めるようにできているのかもしれない。

1週間待つことができず、5日後に産婦人科を再受診した。
超音波で、前回は何も見えなかった、胎嚢(たいのう)と呼ばれる赤ちゃんが入っている袋の中に、白く瞬いているものがあった。これが胎児の心拍動だと、医師が教えてくれた。小さな小さな命の存在の証だった。

3. 転院

この切迫流産とクローン病には、因果関係はなかったと思う。ただ、このことで、胎児がいかに脆い存在であるかを、私は痛感させられた。お腹の中にいる赤ちゃんは、否応なしに母親だけを頼りに生きなければならない。持病があっても大丈夫かなぁ?と、暢気に構えているわけにはいかなかった。できることをしなかった後悔だけは、したくなかった。

随分前の自治体の難病説明会で、親身になってくれた医師のことを思い出し、飛び込みで訪ねて、受け入れてもらった。
11年間お世話になった東京の病院を離れて、その医師のいる病院に転院した。

クローン病に関しては、関東でトップクラスと言われるS先生は、妊娠5週目までサラゾピリンを服用していたことが、赤ちゃんに悪い影響を与えてはいないだろうか、という私の最大の心配事を、自信を持って否定してくれた。

クローン病の炎症を抑える効果のあるこの薬については、妊娠が判明した時点で、自己判断で服用を中止していたのだが、現在の体調から、そのまま薬を飲まない方針で行くことになった。

S先生が、私が受診している産婦人科と連絡を取り合い、万一に備えてくれているという安心感から、私のその後の妊婦生活は、精神的にとても楽なものとなった。
そして、切迫流産を切り抜けた後は、トラブルらしいトラブルもなく、出産の日を迎えることとなる。

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2006年12月 4日 (月)

昔取った杵柄

ぐーたら専業主婦たる私も、数年前にオットが脱サラしてからは、月末月初はお仕事らしきことをしています。なんといっても、私は経理実務経験者。青色申告に向けた伝票処理や帳票作成くらいはお手の物。たまには役に立つんですよ。私も。

師走に入りましたので、減価償却やら各種控除やらも計算して、今年度の予定納税額を算出してみました。うわ! 昨年の2.5倍ですか。手元現金が増えているわけじゃないんだけどな~。

所得税は、1回払ってそれでおしまいならいいのですが、これが住民税、健康保険料、保育料、さらには私の医療費の自己負担上限額へと波及するため、働き過ぎた分はどうぞ社会のお役に立ててくださいと、かっこいい事ばかりも言っていられません。例年は早くから概算を出して、オットが仕事量を抑えるなどしていたのですが、今年は私に余裕がなくて放ったらかしにしておいたら、予想以上に跳ね上がってしまいました。ただ、来年は保育料がかからなくなるから、何とかなるかな。

今年のゼイキンは太っ腹で行こうか、と現時点での予定納税額をオットに報告すると、彼はあっさり現実を受け入れました。いわく、「おまえの点滴代として還元されると思えば、諦めもつくわ」

なるほど。考え方ですね~。それを思えば、もっと払ってもいいくらいですものね。もちろん、だからといって、経費を減らしてたっぷり納税してさしあげるような、殊勝なマネは致しませんが。

*   *   *   *   *

点滴といえば、あの高額な薬の効果を信じて、昨日は外食に挑戦しました。注文したのは、私の定番だとどこかで書いた気がする、海老とトマトのスパゲティにフォカッチャ、そしてアメリカンなコーヒー。

3週間前はお粥も受け付けなかった哀れなお腹に、こんな普通な食べ物を入れていいのかっ?! …と半分びくつきながらも、退く気なし。よぉーく咀嚼して少しずつ食べました。
ああもう、どーしよってくらいに、おいしいよぉ~。
ダメな時は、食べている最中に腹痛に襲われるのですが、絶好調でした。普通の人に戻れた気分です。嬉しさのあまり、生きる意欲がみなぎって来ましたよ~。ありがとうっ。レミケード!

ということで、ママの機嫌は昨日1日良好。まりにゃんにとっても平和な1日でした。
「最近のおまえは(子供に対して)すごく気が短いもんなー」とはオットの言。やっぱり? 「パパがフォローしてくれると思えばこそよ♪」とオットを立てて、オニハハのツミをごまかしました。

ママが切れるとパパが子供に忍耐で接する。逆も然りでナイスコンビネーションな夫婦ではございませんか~。実際、調子が悪い時は、子供をパパっ子にするに限りますよ。子供にちょっとツラく当たったのは、打算ではなく素でしたが。反省してますぅ………。

では、次なる冒険の日に向けて! 今日は栄養剤を飲んでおとなしくしておきます。

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2006年12月 1日 (金)

食事は楽しくね

最近、食事内容と分量を、逐一メモしています。こうして書き出して実態を知ることは、ダイエットの基本ですよね。(違)
体重は、食事制限開始前の2kg減程度のところで、横ばいです。最後までお腹のゼイニクが落ちなかったことが、とても不満です。

あ、いや、目的が違いますね。はいはい。私がやっているのはダイエットではなく、体が受け付けてくれる食べ物の見極めでありました。折角高い薬に公費を投じていただいたのですから、全国の納税者の皆様のためにも、お粥とうどんで我慢し続けていては、もったいないですよ。

ということで、ぼちぼち人間らしい食べ物を、レミケード投与後のお腹に試してみています。少量の赤身挽肉と大量のキャベツで作った餃子とか、鶏の皮なし胸肉の唐揚げ2個とか、食べちゃいました。そして、私にとっては最大のNG食であるコーヒーも、1杯飲んでしまいましたよ~。スキムミルクで割ったせいか、今ひとつ、おいしくなかったけど。

冒険した翌日は、うっかり在庫に回してしまった(飲むのをサボった、とも言う)栄養剤の消費に努めるなどして、お腹を休ませ、今のところ痛みは発生していないです。
食べた後にすっきり爽快といかないのは、食べ物の通りが悪い、狭い箇所がお腹に存在する以上、仕方ないのでしょう。

食事制限を開始して思ったのは、自分が作る立場でよかったな、ということですね。自分の体調に合わせて、幾らでもメニューをいじれます。
そんな私に付き合わされるオットは大変です。ある時は質素な精進料理まがい。ある時は二人分押し付けられる普通食。どちらに当たっても、あまりいいことはなさそうですが、文句を言わずに食べています。

態度に問題があるのは、チビスケの方です。昔から食の細いこの子供は、人が涙を飲んで作ってやった、普通の人用のゴハンを、それはそれは嫌そ~な顔をして、お箸でつつきやがります。「そんなに食べるのが嫌なら、アンタの胃腸をママに寄こせッ」と怒鳴った回数、複数回。オットが必死で、逆上する私と怯えるまりにゃんの間に入ってくれます。
苦労しますね。クローンな奥さんの旦那になると。

近頃本気で不思議に思うのですけれど、オットの両親、好きなだけおいしい物を食べられるのに、なんでいつでもあんなに不満ばかり抱えているのでしょう。
もったいない人生の送り方ですよねぇ?

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